新潟簡易裁判所 昭和50年(ハ)201号 判決 1976年1月27日
原告 松浦義昭
被告 国
右代表者法務大臣 稲葉修
右指定代理人 渡辺等
<ほか三名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
(当事者の申立)
一、原告
被告は原告に対し、金四万円と、これに対する昭和五十年五月十五日から支払ずみになるまで、年五分の割合による金員の支払をせよ。
訟訴費用は、被告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言の申立。
二、被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を付する場合には、担保を条件とする仮執行免脱宣言の申立。
(請求原因)
一、原告の生活本拠地である新潟市において、(イ)昭和五十年四月十三日に新潟県議会議員の選挙が、(ロ)同年四月二十七日に新潟市長及び新潟市議会議員の選挙が、それぞれ行われた。
二、そうして、前記各選挙の選挙運動期間は、(イ)の選挙については、その告示日の昭和五十年四月一日から投票日の前日に当る同年四月十二日までの十二日間であり、(ロ)の選挙については、その告示日の昭和五十年四月十七日から投票日の前日に当る同月二十六日までの十日間であった。
三、第一項記載の(イ)(ロ)両選挙における選挙運動期間は、通算して二十二日間であったが、その期間中、各選挙の各立候補者及びその選挙運動員(以下各訴外人という)が、連日午前七時頃から午後八時頃まで約十三時間に亘り、マイクロフォン、メガフォン等の拡声装置器具を使用して、選挙用自動車又は徒歩で、新潟市内を通行しながら、当該立候補者の氏名等を連呼して選挙有権者に対し投票を求めた。
四、その結果、原告は、訴外人等の前記行為により選挙運動期間中、次のような精神的苦痛を被った。
(1) 原告が一日の労働を終え、自宅で家族等とともに夕食し、だんらんを楽しむべき午後六時半頃から午後八時頃までの間しばしば附近道路を通過する複数の選挙用自動車内から、訴外人等が発する著しい騒音(以下選挙騒音という)のためにこれが妨げられた。
(2) 原告は、毎週日曜日に、附近の公園、道路を散策し、更に新潟市の中心街に赴き、書籍店、喫茶店等で、次週の労働に備えるべく、憩いの時を過ごすことを通例としているが、本行為が労働者の最低限度的リクリエーションであるにもかかわらず、訴外人等の選挙騒音のために、昭和五十年四月六日同月十三日及び同月二十日(以上いずれも日曜日)の計三回に亘って著しい不快感をおぼえた。
(3) 以上の如く、原告が家族等と平穏に食事団らんし、又は休日に外出などして心身をリクリエートすることは、労働者として、国民としての当然の権利である。
五、従って、原告に対し、このような精神的苦痛を与えた訴外人等の行為は、原告の権利侵害であるから、民法第七百九条の不法行為に該当するところ、これは違憲立法である現行公職選挙法に基づくものであって、このような法律を容認している被告の責任は免れない。そうして、これが被告の不法行為であるというのは、次の理由による。
(1) 被告が公職選挙法第百四十条の二第一項但書、第百四十一条第三項但書の規定に基づいて選挙を執行すれば、当然違法に他人の利益を侵害することが判るはずであったのに、不注意でそれを知らなかったか、或は右法律の規定に基づいて選挙を執行すれば違法な結果を生ずることを知りながら、敢えてその行為をしたものである。
(2) 被告が本件選挙を執行したことによって、憲法第十三条(個人の尊重)第二十五条(国民の生存権)が保障している原告の右権利を侵害したものである。
以上によって、被告にも訴外人等の前記不法行為による責任がある。
六、もっとも、本件不法行為の実体は、訴外人等の不法な連呼行為ではあるが、これは訴外人等の自主的判断をもって行なわれるものではなく、公職選挙法の前記規定で認められている選挙運動のための連呼行為がその期間中、毎日午前七時から午後八時までの長時間に亘って行われたこと、しかもそれが住宅地においても、休日にもすべて連呼行為を、被告が容認したため、原告並びに一般住民の私生活が選挙騒音により侵害された次第である。しかもその背景は、このような法律を容認しているのは被告であるから、訴外人イコール被告の行為と解釈するのが妥当であると考えるので、訴外人等の選挙騒音による不法行為の責任は、被告としても免れることはできないところである。
七、なお自治大臣は、公職選挙法第五条により、都道府県及び市町村の選挙管理委員会を指揮監督する権限を有するものであるから、住民が選挙騒音による被害を受けないように適切な処置を講ずる必要があるのに拘らず、これが騒音防止のための適切な指導規制取締をしなかったことは、自治大臣の故意又は過失に基づくものである。
八、たとえ、自治大臣が指導監督をしたとしても、極めて不十分であった。即ち住宅地において、訴外人等が高い声で連呼行為をすれば、住民の生活環境が破壊されて生活権が侵害されるのは明らかであるのに、事前に何等の防止処置をしなかったものであるから、被告はこれによって被った原告の精神的損害を賠償する義務がある。
九、そこで、原告は前記不法行為による損害賠償として、被告に対し金四万円と、これに対する昭和五十年五月十五日(本訴状送達の日の翌日)から支払ずみになるまで、民法所定年五分の割合による損害金の支払を求めるものである。
(被告の答弁)
一、請求原因第一項及び第二項の事実は、いずれも認める。
二、同第三項中、当該選挙の選挙運動期間が通じて二十二日間であったことを認めるが、その余の事実は知らない。
三、同第四項の事実は知らない。
四、同第五項中、本件不法行為が現行公職選挙法に基づいているとの点を否認し、その余の事実を争う。
五、同第六項ないし第九項の主張をいずれも争う。
(証拠)≪省略≫
理由
請求原因第一項記載の(イ)新潟県議会議員の選挙並びに(ロ)新潟市長及び新潟市議会議員の各選挙が、原告主張の各期日に、原告の生活する新潟市において施行された事実と、右(イ)(ロ)の選挙運動期間が、通算して二十二日間(以下単に運動期間という)であったことはいずれも当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によれば、新潟市内に居住する一般市民が、運動期間中、訴外人等の激しい連呼行為により多大の迷惑を被り、その結果、生活権を侵害されて損害を受けた事実が認められるから、原告においても、その住民として当然主張の如き損害を受けたものと推認することができる。
ところで、原告は、右の如く訴外人等の不法な連呼行為により生活権の侵害を受けたのは、畢竟、被告が、日本国憲法第十三条及び第二十五条によって保障された個人の尊重、国民の生存権を侵害するような公職選挙法の規定に基づく選挙運動である連呼行為を容認し、各選挙管理委員会を通じ適切な指導規制等の措置を講じなかったためであるから、これによって生じた原告の損害は、被告において、その賠償の責に任ずべきであると縷々主張するので、検討する。
そもそも、公職選挙法(以下単に法という)で、選挙運動として候補者等の連呼行為を認めた趣旨は、これが一般選挙人に対し、選挙への関心を高めるためには、連呼行為が多大の効果あるのと、その費用の少ないことによるものと考えられるところ、その反面、一般住民に及ぼす騒音による種種の障害の発生することを予想されるため、その障害を防止することを考慮し、一般的に禁止するとともに、出来る限り期間、場所及び時刻を制限した上で連呼行為を認め、更に静穏の保持を特に必要とする場所における連呼をきびしく規制して、(法第百四十条の二)、連呼による騒音が一般人の社会生活に、出来るだけ支障を及ぼさないようにとの配慮から規定されているものであるから、前記法規が、日本国憲法に違反するとの論旨は当らない。
又訴外人等において、たとえ一般人の社会生活に支障を及ぼすような高声で連呼を繰返し行ったとしても、被告又は自治大臣において、これらを直接規制指導すべき職務権限を定めた法令はなく、法第五条も原告主張の如き職責を規定したものとは解し難いから、被告が原告の前記選挙騒音による損害を賠償すべき責任があるものとは認められない。他に右認定を覆し、被告の賠償責任を認めるに足りる証拠はない。
以上により、原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、その理由ないものと認めて棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 坪谷雄平)